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Column

[2020.02.19] 追悼 野村克也氏から受け継ぐべきもの

 2020年2月11日未明。プロ野球にて偉大な功績を残された、野村克也氏が亡くなった。氏と言えば、選手としての成績以上に「ID野球」と呼ばれるデータと頭脳を活かした野球観が注目され、弱小チームであったヤクルトを日本一に押し上げ、古田選手ら多くの名選手を育て上げた球史に残る名将という印象が、私の世代では特に強い。

 

 1993年は、野村監督率いるヤクルトが西武との日本シリーズを制し、日本一に輝いた年であった。この年はJリーグ元年として空前のサッカーブームが吹き荒れた年であり、プロ野球界の大スター、長嶋茂雄氏が巨人軍の監督に返り咲くという話題もあったが、それ以上に日本中がサッカーブームに沸いた一年であったと強烈に記憶している。

 

 私自身、小学校5年生としてそれまで所属していた町内のソフトボールチームを離れ、電車で15分ほどかかるボーイズリーグの名門硬式野球クラブに入部し、本格的に野球を始めた年であった。名門チームとはいえ、サッカーブームの影響を受け、部員数が減少し紅白戦すらままならない状況に陥っていたが、練習場である小学校の校庭の反対側は、サッカークラブに群がる子供達で溢れかえっていた。

 

 当時、サッカー選手の派手なヘアスタイルやファッションが注目され、野球文化に馴染んできた古い世代からは、サッカーは「チャラい」スポーツであると敵視され、私自身、そのような価値観を強要されることも多々あった。だが、率直な印象として、坊主頭を強制し、軍隊式の上下関係が色濃く残る野球の慣習は、小学生の私でさえ、時代錯誤も甚だしいと感じさせた。実際に、多くの優秀な人材がそのような野球の悪習を嫌い、サッカーなど他のスポーツに流れていった。

 

 サッカーとは対照的に、プロ野球界の盟主巨人軍は「巨人たるもの紳士たれ」を掲げ、選手の「ヒゲや茶髪」を禁止(最も、この時期お金に物を言わせた巨人軍の選手獲得は、「紳士たれ」がブラックジョークと思えるほど品性の欠ける行為であり、その点は野村氏も指摘している通りである)していた。そして、「データや頭脳」を重視し、近代的な価値観を重視するはずの野村氏でさえ、その点は生涯をかけて敵視していたはずの巨人軍と同じ価値観を共有していた。

 

 他方、美容業界にとっても近年、ID野球ならぬ「ID美容」と言えるような現象が、見られるようになってきた。元「カカクコム」の創業者の槙野氏は、若くして膨大な資産を手にし、28歳でリタイア生活を謳歌していたが、新たな事業展開として美容業界に目をつけ、ファストファッションをモチーフとした、安価で毎月通える美容室「ALBUM HAIR」をオープンさせた。参入の理由はなんと美容業は「IT化がすごい遅れていて、近代的な経営がほとんどできていない」からだそうだ(新R25『「5億円稼いだら辞めると決めていた」カカクコムを創業し、28歳でリタイアした男の今』を参照)。

 

 実際に、わずか創業2年で「ALBUM HAIR」はSNSを駆使したマーケティング戦略によって、インスタグラムのフォロワー40万以上を獲得するなど、巨大メディアとしても影響力を高め、一気に業界の人気サロンへと駆け上がった。

 

 戦中・戦後という激動の時代に生まれながらも、時代を先取り、データや知識を重視した野村氏の視座は、野球だけに限らず、他のスポーツ、引いてはビジネス界にも大きな影響を与えた。反面、野球の実力はあっても「長髪、茶髪、ヒゲはダメ」と言った非科学的な価値観を示した通り、昭和人としての限界も露呈した。

 

 偉大な先人に敬意を払うことは当然であるが、私は、先人に学ぶべき価値と学ぶべきでない価値があると、考えている。時代を引き継ぎ、現代に生きる私たちは、そのことを十分に自覚し、自らの時代を生きなければならない。野村氏の訃報に接し、改めてそのことを強く感じているのである。